渡辺徹とグリコCM
2022年11月、俳優の渡辺徹さんが亡くなりました。
TVドラマ「太陽にほえろ!」でラガー刑事を演じたほか、アイドルとしても歌にCMに大活躍でした。
ネットで追悼の言葉を読んでいると「グリコのCMが好きだった」というコメントを見つけました。
1980年代のグリコは小泉今日子、南野陽子、松田聖子など一世を風靡するアイドルを起用して、映画のようにストーリーのあるCMを流していたものです。
渡辺徹が出ていたのは小泉今日子と共演した「約束」(1982年放送)などです。
「約束」をYouTubeで見てみると、そこに映る風景になんだか見覚えがありました。
遠くに見える山並みは美瑛岳ですし、小泉今日子が渡辺徹を見送るコテージは「国立大雪青少年交流の家」です。
CMの風景を撮りたくなり、2023年7月末、ロケ地と思われる北海道美瑛町を訪れてみました。
ロケ地を探す
ストリートビューなどから撮影場所に見当をつけ、CMの登場順に番号を振ってみました。
美瑛駅までは、札幌からJRだと約3時間、旭川空港からバスだと約30分。
JR美瑛駅からロケ地③までは道北バスが1日5便あるので、アクセスは比較的容易です。
ただし、ロケ地③①②④③を回ると約15km。徒歩だと4時間近くかかります。アップダウンがあるのでレンタサイクルでもかなり厳しいでしょう。
筆者は今回、ロードバイクで回りました。
①出会いの路
CM冒頭。自転車トラブルで立ち往生している小泉今日子を、ジムニーで一人旅している渡辺徹が助けるシーンです。[Streetview]
CM中では一旦通り過ぎるジムニーから、カメラがパンで小泉今日子の姿を追います。渡辺徹の視線が感じられる素晴らしいカメラワーク。
雪渓の残る山々に、地平線まで広がる牧草地。青春時代に誰もが思い描くボーイ・ミーツ・ガールの風景です。
写真左側がCM(1982年)、右側が今回の取材(2023年)になります。40年以上が経過して植生はだいぶ変わっていますが、ほぼ同じアングルで撮影することができました。
②草原
意気投合した2人が牧草地を駆け巡るシーンです。[Streetview]
ここは「白金模範牧場」という牛の育成牧場になります。CMではジムニーを乗り入れたり、牧草地を走り回ったりしていますが、このような行為は固く禁じられています。CMでは特別に許可を得たのだと思います。
牧草地に入れないので正確な撮影場所はわかりませんでした。地図内のカメラアイコンは、牧草地の傾斜具合から推測した場所になります。
③国立大雪青少年交流の家
宿まで送ってもらった小泉今日子が渡辺徹を見送るシーンです。[Streetview]
白い壁に赤い屋根の建物、遠くには雪渓の残る美瑛岳と、絵に描いたような「北海道の夏」を見事に映し出しています。
青年の家は40年前の建物が残っており、ほぼ同じアングルで撮影することができました。
筆者は青年の家に何度か泊まったことがありますが、この場所でこれほど見事な絵が撮れるとは気づいていませんでした。
ロケ隊の選定眼が素晴らしいと思います。
④カリッと青春
小泉今日子を送り届けた渡辺徹が旅を続けながら、グリコ・アーモンドチョコレートをひとかじりするラストシーンです。[Streetview]
グリコ・アーモンドチョコレートと共に「カリッと青春。」の文字が浮かびます。
今回、一番困ったのがこの「カリッと青春」のシーンです。
山との距離感から「十勝岳望岳台」付近と推定したのですが、現地を走ってもピッタリの場所が見つかりません。
実は、十勝岳はCM後の1989年に噴火しており、国土地理院の写真では撮影当時と現在の道路が違って見えます。噴火後に道道966号を作り直したのでしょう。
また、肝心の「グリコ・アーモンドチョコレート」はグリコのサイトに掲載されておらず、生産終了または入手困難になっていると思われます。
仕方ないので類似品の「アーモンドピーク」を購入して画像合成してみました。
ロケ地探訪については以上です。
CMの設定を読み解く
ストーリー仕立てのCMなので写真を撮るだけでは勿体無い。フィルムの裏に潜む二人の物語を想像してみます。
二人のキャラクター
まず、渡辺徹の乗る2代目スズキ・ジムニーは1981年発売。CM前年のモデルです。
撮影当時の渡辺徹は20歳なので大学生の設定でしょうか。発売したての新車を乗り回しているとは、かなりのボンボンかもしれません。
真っ赤な車で道内一人旅というと山田洋次監督の「幸福の黄色いハンカチ」(1977年)を思い浮かべます。
1972年の冬季オリンピック以降、観光地として急速に脚光を浴びた北海道を、モータリゼーションで身近になった自家用車で若者が一人旅するという、当時の学生の憧れが詰まった設定なのでしょう。
一方、撮影当時の小泉今日子は16歳なので、女子高生の設定でしょうか。
宿泊先と思われる「青少年交流の家」は研修施設で、学校行事で多く使われます。
山に雪渓が残っていることから季節は5月頃。高校の部活の新歓合宿で来ていると考えるのが自然でしょう。
二人の出会い
現地を訪れて思ったのですが、小泉今日子が自転車で立ち往生しているのは、かなり「妙」な場所です。
ここは青少年交流の家から約5km・登り130mです。付近には観光施設どころか、休憩所も自販機も民家もありません。目的を持って通過することも、偶然迷い込むこともまず考えられない場所になっています。
華奢な小泉今日子が、こんな辺鄙な場所を一人で走っているのは、何か理由があったはずです。
この不自然なシチュエーションを読み解く鍵は二人の別れのシーンにありました。小泉今日子が手を振る背景に、自転車を押した少年少女が写っているのです。
この付近は坂が多く、自転車で観光施設を巡るような乗り方には向いていません。しかし、高度差を利用した自転車ダウンヒルなら魅力的なイベントです。小泉今日子の高校の引率者は、これに目をつけて日程に組み込んだ可能性があるでしょう。
「①出会いの路」付近をスタートして道の駅付近をゴールにすれば、約9km、下り300m、走行30分の楽しいサイクリングになりそうです。
図はダウンヒルコースの「想像図」です。引率者が設定した本来のルートはA方向ですが、B方向に向かっても下りの連続で道道966号に戻ることができます。
スタート直前の小泉今日子に何らかのアクシデントが起こり(友人との喧嘩など)、一緒に走りたくないと思って反対方向に進んだ、というシナリオはあり得そうです。
小泉今日子の友人たちは予定通り下りサイクリングを楽しみ、小泉今日子は草原を駆け回った後はゴール地点に向かわず青少年交流の家に直帰したとすれば、時間的にもうまく合流できたでしょう。
二人の居住地
別れ際に「じゃあ、また」と言っていることから、二人の居住地はそれほど遠くないように思われます。
「一方が北海道、他方が本州」だと再会のハードルが高く「また」という言葉は出てこないでしょう。
可能性としては「二人とも都内在住で小泉今日子は北海道に修学旅行、渡辺徹はフェリーで北海道一人旅」ということも考えられますが、修学旅行はゴールデンウィークを外すでしょうし、本州の大学生が道内旅行するならゴールデンウィーク中でしょうから、微妙に日程が合いません。
こう言った理由から本稿では「二人とも道内在住説」を推します(旭川の小泉今日子と、札幌の渡辺徹、ぐらいの距離感)。
携帯電話やSNSのない時代ですから「旅先で知り合った人と再び会う」ことは困難です。
お互いに学校名とサークルを名乗り「知ってるよ、じゃあ遊びに行けるね」ぐらいの緩い約束を交わしたのかもしれません。
二人の心
視聴者が気になるのは「二人は恋に落ちたのか?」「再会できたとして交際するのか?」の2点でしょう。
恋愛ではない男女関係の定番として「妹ブーム」というものがあります。
妹ブームは大きく2系統あり、血が繋がった妹に「親代わりとして接する」ものと、血が繋がっていない恋人未満の関係を「妹分」とするものです。
このブームは根強い人気があり、当時だと南こうせつ「妹」(1974年レコード)、加山雄三「ぼくの妹に」(1976年レコード、TVドラマ)、「ヒデキの妹コンテスト」(1979年)、「みゆき」(1980年漫画)などです。1982年のCM「約束」は妹ブームの影響下にあったと考えられます。
実年齢20歳の渡辺徹から見ると、16歳の小泉今日子は恋愛対象としては幼すぎるように思われます。草原デートに誘ったのは、恋愛感情ではなく「妹分」として話を聞いてあげた、気分転換してあげた可能性が高そうです。
一方、小泉今日子から見ると渡辺徹は、立ち往生しているところに現れた「王子様」であり、自家用車を持ち、さりげなく「アーモンドチョコレート」を差し出てくれるなど、トキメキ要素は満載です。
しかし、渡辺徹のアッサリした去り際から、自分が恋愛対象ではないことに気づいたかもしれません。渡辺徹を見送る時に、小泉今日子の表情が一瞬陰るように見えるのは、そのような悟りの瞬間だったのではないでしょうか。
「二人とも北海道在住」であったとすれば、例えば渡辺徹の出場するラグビー部の試合(想像です)を小泉今日子が応援に行く。あるいは小泉今日子が出演する吹奏楽部の演奏会(想像です)を渡辺徹が見に行く、など、1980年代当時であっても「再会」した可能性は十分にあると思います。
少し大人になった二人が、4歳の年齢差を乗り越えることができたのかは、視聴者の想像に委ねられているのでしょう。
引用について
- 本稿では「グリコ・アーモンドチョコレートCM」(1982年)の画像を使用し、人物や商品名はブラーをかけています
- 著作権法第32条「引用の目的上、正当な範囲内で行われること」に基づいた引用となるよう心がけていますが、著作者から取り下げ等の申し出があった場合は対応いたします
- 本稿では国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」の写真を使用しています
- 利用規約では「本サービスでダウンロード可能な空中写真は〜出典の明示等を行っていただければ利用可能です」とありましたので、これに基づいて使用しています